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追悼 ジャン・クロード・オリビエ氏

こうした訃報をお伝えするのが非常に残念でなりません。憧れのライダーの一人でもあるジャン・クロード・オリビエ氏が現地時間の13日早朝、交通事故に巻き込まれ逝去されました。

1985-JCO Portrait

自分がバイクに興味を持ち始めた頃のロードレースのヒーローは、バリー・シーン選手、ケニー・ロバーツ選手、フレディ・スペンサー選手そしてフランコ・ウンチーニ選手等でした。そしてオフロードでのヒーローはガストン・ライエ選手であり、ジャン・クロード・オリビエ選手であったのです。

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自分は小、中、高校時代、背が低くて虚弱体質でした。月に何日か、必ずと言って良いほど猛烈な偏頭痛に悩まされていました。浪人時代に急に背が伸び、人並みになり頭痛に悩まされる事は減ったものの、体力的な不安は常に付きまとっていました。バイクが好きになってすぐにGPには夢中になりました。

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でもそれ以上にスゴイと思っていたのは過酷なラリーレイドを何日にも渡って戦うオフロードライダー達でした。自分には不可能だと思える冒険に挑む彼らの姿は最高に眩しいモノでした。自分にとってパリダカールラリーと言う言葉の響きは、単なるオフロードレースではなく、地平線まで続く砂漠をどこまでも走って行く、永遠の憧れを内包した特別なレースでした。ですからそうした舞台に果敢にチャレンジするジャン・クロード・オリビエ選手も、尊敬するライダーの一人だったのです。

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ある時バイク乗りの友人が起業し事業が順調に推移して、上場することになりました。その頃に彼と飲みに行った時に興味深い話を聞きました。日本では上場するにあたってバイクを降りなければならないかもしれないと言うのです。上場の基準・審査が非常に厳しく、経営者がバイクを乗ると言う事がリスクと捉えられ上場が難しくなるかもしれないと言うのです。その時に彼が名前を挙げたのがジャン・クロード・オリビエ氏でした。海外、EU圏では経営トップがバイクに乗ったりレースにエントリーしているとチャレンジングな経営者であり企業であると、むしろプラス評価が為されると言う話でした。自分達の場合は、そうした事が逆にマイナスポイントになってしまうのを嘆いていました。……とは言え責任あるいち企業のトップが、パリダカールの様な過酷なラリーレイドに参戦するのは、やっぱりスゴイチャレンジスピリッツを持った素敵な事だと言うのが、自分達の共通認識でした。

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そしてそしてジャン・クロード・オリビエ氏は自身のオフロードレースのみならず、あのゴロワーズブルーを纏ってGP界や耐久ロードレースにも多くのライダーに門戸を開いていました。ゴロワーズカラーはオフだけでなくオンでも燦然とした輝きを放っていました。クリスチャン・サロン選手やジャン・フィリップ・ルジャ選手らの活躍はジャン・クロード・オリビエ氏率いるYAMAHA MOTOR FURANCEあってのものであり、SONAUTOの名もまた自分達にとって最高にカッコいい響きをもっているのです。そうした強い思いや憧れは、自分が人生を歩むうえでも大きな影響をうけました。十代の頃からリスペクトして来た多くのライダー達がいなければ、まるで異なる道を歩んでいたと思います。


You Tube>YAMAHA TÉNÉRÉ DAKAR, La collection de Jean Claude Olivier, le patron de Yamaha Motor France

よりによってダカールラリー開催期間中に自国フランスの公道で、しかも対向車線からはみ出してきたクルマと衝突と言う痛ましい事故、同乗していた妊娠中の娘さんが無事だと言うのがせめてもの救いです。謹んでジャン・クロード・オリビエ氏のご冥福をお祈りします。またオリビエ氏のご家族、ご関係者の皆様に心からお悔やみ申し上げます。ライダーの訃報を伝えるのはいつどんな時でもそうなのですが、非常に残念でなりません。

YAMAHA COMMUNITY
RIP JOC

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5 Comments

ken  

私も、好きな選手、尊敬する選手が、迷走さんとかなり同じ遍歴があるので、思いが似ているかもしれません。
オリビエ選手で思い出されるのが、たしか、パリダカで、まだ、みんな一気筒のバイクしか走っていなかったとき、FZ750のエンジンを載せて出場してませんでしたっけ。
出たときは、そんなバイクが勝つとは思わなかったみたいでしたけど、たしか、ぶっちぎりで勝ったと記憶しています。(迷走さんのように、正確な記憶をしていないので、まちがっていたなら、訂正してください)
まあ、そんな、自分を信じて進むことができる人って、尊敬いたします。ken

2013/01/16 (Wed) 19:56 | REPLY |   

kumpei  

自分は10年くらい前に雑誌でこの方を知りました。
チャレンジ精神旺盛で、新しいバイク遊びを開拓する天才、といった内容だったと思います。

バイクを深く愛する人物が亡くなってしまった事は、とても悲しいです。

2013/01/16 (Wed) 22:46 | REPLY |   

迷走  

>kenさん

>FZ750のエンジンを載せて出場……

私も記憶に自信がないので調べてみました。
FZ750T(1986)、YZE920(1987)、750YZE(1988)いずれも
総合優勝はしていない様です。
ただYZE920(1987)がステージ優勝を遂げた事はあるみたいです。
ジャン・クロード・オリビエ氏自身は1985年に
XT600でパリダカ準優勝しています。

http://www.yamaha-community.fr/paris-alger-dakar-1985

本当に残念です。



>kumpeiさん

フランス国内でのYAMAHA車の普及や、
オフオン問わずに自身がチャレンジし、
また同時に選手にチャンスを与え、
若手の育成にも尽力された方だと思います。

繰り返しになりますが、本当に悲しく残念です。



2013/01/16 (Wed) 23:12 | EDIT | REPLY |   

ken  

くわしく調べていただいてありがとうございます。
私の妄想につき合わせてしまい、ごめんなさい。

2013/01/17 (Thu) 18:09 | REPLY |   

迷走  

いえいえ、kenさん。

むしろ曖昧な記憶を確認したり、
資料を探す機会をもらってると思っているので、
今後もお気軽にコメントよろしくです。

2013/01/17 (Thu) 22:49 | EDIT | REPLY |   

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