06 bimota db1s

自分のバイク歴の中でも特別な1台、ビモータdb1(s)について語りたいと思います。トップ写真は1987年11月22日(日)筑波のエコー・デ・カトル決勝レースにワークス仕様のdb1で参戦したダビデ・タルドッツィ選手(最近はSBKで監督業とかしてます)のグリッドにつく直前の様子です。余談ですがタルドッツィ選手のヘルメットはboeri、スーツはDainese、グローブはSPIDI、ブーツはalpinestarsと当然ながらオールイタリアンブランドです。

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この頃、ちょうど通っていた美術大学の卒業制作に入っていて、敢えて白黒で撮影していました。プリントをスキャンしたのでフロントカウルの先端が切れてしまってます。

大学生のうちに2輪の大型免許を取得してしまおうと、周りの先輩、後輩、友人達が次々と限定解除して行きました。まだ教習所での2輪大型免許の取得が出来なかった頃の話です。ですが心の底から欲しい大型バイクが無かったので、免許も全くとる気になれませんでした。その当時、バイクに求めていたのは何よりも扱い切れる軽さでした。そんな時、たぶんRAIDERS CLUB誌か何かでdb1の情報を知りました。そしてマッシモ・ボルディ氏は世界最軽量750を目指してdb1を開発していたのです。それを知り、この美しいスタイリングを一目見た瞬間から、"いつかこのバイクを買う"事は決定事項となり、限定解除に即トライし始めました。

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2輪大型免許が取得出来てスゴク嬉しかったのですが、それは祖父が免許取得をヒドク喜んでくれたからでもありました。db1を購入するための貯金は免許が取得以前から始めていましたが、そう簡単に購入資金が溜まる訳ありません。定価の20%程度がようやくたまった頃からショップ探しを始めました。

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あるショップではメカニックさんがエンジンを始動してくれ、初めてDUCATIの空冷ツインエンジンのエグゾーストノートを聴くことが出来ました。その時はただ感激して耳を傾むけていただけでしたが、自分のモノとなって身体のしたで響くLツインの鼓動は、まさに鼓動と言うことばが相応しい、まさに心臓が揺さぶられるような音で、魂が宿っているとさえ感じました。

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DUCATIのLツインに関しては、豊富な経験と知識を有するショップで面倒をみてもらっていたので、メカニカルな面で不安を憶える事は全くありませんでした。このマシンをさらに、そして少しでも良くして行きたいと言う欲望は尽きる事が無く、エンジンをはじめ、サス、ホイール、ブレーキと次々と手を入れて行きました。この頃、まだまだいまにもまして勉強不足であったので、ノーマルのバイクに手を入れると言う事の功罪をまるで分らぬままに、自分の欲望の赴くままにカスタマイズを勧めてしまいました。この時に学んだ事は、いまも自分のバイクイジリに生きていると思います。

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どのパーツを変えても、その変化は驚くほどの効果をもたらしましたが、その中でも特にbremboのレーシングキャリパーとラジアルポンプ化、そして当時の事なので鋳鉄ディスクのブレーキフィーリングは感動モノでした。真綿で締めつけると言う表現が使われるのが、身をもって理解できました。バイクは、その加速感が楽しい乗り物ですが、減速が、そのコントロールがこれほど楽しいものだと感じた事はありませんでした。本当にブレーキをかける快感を味わうために加速したいと思うほどでした。当然、コーナーの進入速度、フロント荷重の調整が思い通りに出来るので、コーナーリングの面白さがさらに増したのです。

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db1は前後16インチホイールを装備していました。その上純正で履いていたPIRELLIのP7だったかな?が極端なトライアングルプロファイルだったので、ハンドリングは良く言えば超機敏、逆に言えば過敏で路面の荒れなどには弱い面もありました。それでも比較的高い進入スピードから、ペタッと一気に寝かしこんでからはオンザレール的なコーナリングで多少リアが滑ろうが、お構いなしにグイグイ開けて行けたものです。安定感を望んで、17インチホイールへ換装したオーナーも多かった様ですが、自分には前後16インチのあのクイックなハンドリングこそがdb1の証であり、また武器でもあり、当時の自分にとっては最高のハンドリングだと思える理由でもありました。

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そのハンドリングを決める重要なファクターのひとつであるキャスターやトレールといった数値ですが、db1Rと呼ばれるレーサー(下の写真)は市販車とは大きく異なるセッティングであった事がわかります。一見、全く同じに見えるフレームに関しても、パイプ径などが異なるベツモノであったようです。

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こちらが自分のdb1sです。フロントフォークの上に乗っているのは左右ブレーキ、クラッチのリザーバータンクです。黄色いウェスが巻いてあるのはパッキンの不良でブレーキフルードが滲んで来てしまったからです。メーターはVEGLIA製で、夜間、ライト点灯時に透過光では無く間接照明的に盤面が照らされ、なんとも綺麗な光り方だったのが印象的で、そうした部分にもイタリアンバイクらしさを感じていました。

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シート高も低く、前後16インチで車高も低いため、簡単にヒザを擦ることが可能なバイクでした。自分レベルの腕ではいくら攻めても限界が見えないマシンでもありました。その反面、自分のミスをカバーしてくれる包容力の大きさも合わせもった稀有なモーターサイクルです。カウルをまとっている時の姿、美しいパイプフレームの構成、眺めていても、磨いていても、そして乗っている時も、常に心動かされる、自分の車歴の中でも特別なモデルでした。

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bimotaと言うカスタムビルダーとDUCATIと言うメーカー、どちらに対しても抱いていた憧れを満たしてくれた、1台で2度美味しいdb1、ですが市販としては初?オーリンズの倒立フォークを装備したDUCATI851SP3(当時SBKで大活躍していました)の下取りに出してしまいました。後悔していない、と言えば嘘になるかもしれません。ですがそれ以上に共に過ごした濃密な時間は、いまも心の中に鮮明に残っています。

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Grazie Mia Bimota db1s :-)

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3 Comments

樹生和人  

本当に宝物ですね。

db1!本当のフルカバードボディ。精緻なハンドリング。『RIDERS CLUB』誌上で見て、興奮していました。
私も憧れの一台です。もしも、超金持で、美瑛に別荘とガレージを持てたら、db1をこっそり忍ばせて、リミニ近郊の丘にも劣らない北海道の丘を駆け巡る…そんな妄想を楽しんでいたりもいます。
一番上のタルドッツィ選手の写真も迷走さんが撮られたのですか?これもすごい写真ですね。
片側だけのミラー、カウリングのクイックファスナー、オーリンズのリヤサス、冷却系も燃料系も手が入っている様子。
コーナリング写真も本当に美しいです。
SHOEIのケニーレプリカは、オリジナルでしょうか?
何もかも濃密な、そんな幸せな時間が伝わってきます。本当に宝物ですね。

2014/08/15 (Fri) 18:08 | REPLY |   

ken  

db1を所有されていたのですね。ただただ、ため息です。今見ても、美しいバイクですね。いやあ、うらやましい。

2014/08/15 (Fri) 20:43 | REPLY |   

迷走  

>樹生さん

当時のRIDERS CLUB誌の写真や記事が無ければdb1に対する
憧れを抱く事も、その先にある自らがオーナーとなる事も
無かった様に思います。
片山選手とネモケンがdb1を駆ってイタリアを走るビデオは
何度みたか思い出せないほどです。

SHOEIのケニーレプリカは勿論オリジナルですし、
冒頭の写真も私が撮影したものです。

いま、思えば自身のバイクライフの中でも
特別濃密な時間を過ごせた事を感謝せずにはいられません。
一度手にした宝物を価値がわかっていなかったゆえ
手放してしまいましたが、いまは次のオーナーの元で
元気に暮らしていると信じています。



>kenさん

いやぁ、ほんとに美しいバイクでした。
カウルを纏っている時もストリップ状態の時も……。
いま見ても全く古さを感じません。
bimota社に再生産してもらいたいくらいです。

2014/08/18 (Mon) 22:21 | EDIT | REPLY |   

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